中国語契約書作成・交渉の分野で20年以上の実務経験のある国際弁護士が在籍

準拠法・紛争解決条項

「準拠法」、「紛争解決方法」についての合意

【問い】

海外の相手方と契約書を適用する場合、そもそも、その契約書には、どの国の、どのような法律が適用されるのでしょうか。
また、もしも相手方との間で紛争が発生することを想定した場合、どのような手段によって、解決すべきでしょうか。

【ご回答】

これは、「契約の準拠法」、「紛争解決方法についての合意」の問題であり、いずれも「相手方と契約書を締結する時点」で、合意事項とし、契約書に明記しておくことをお勧めします。(ご参考:日本の「法の適用に関する通則法」第7条〔当事者による準拠法の選択〕、「民事訴訟法」第3条の7〔民事訴訟の管轄権に関する合意〕)
それでは、具体的に、「どの国の法律」を適用し、「どのような紛争解決方法」を選択すべきでしょうか。
この問題は、「具体的な契約内容、相手方の国の事情、当事者間の関係」等に応じて、個別に判断すべきですが、私は、「日中間での取引」について、基本的に
「適用法は、中国法」
「紛争解決方法は、相手方所在国の仲裁機関での仲裁(=被告地主義仲裁条項)」
とすることをお勧めしています。
詳細については、以下の【設例】をご確認ください。
(* この問題について興味のある方は、拙著「中国での海外判決・仲裁の承認・執行」をご確認ください。
一般社団法人国際貿易投資研究所:ITI調査研究シリーズ 第64号
「中国型グローバリズムの発展可能性と世界経済体制への影響」収録
http://www.iti.or.jp/reports2.htm )

【設例】

当社は、協議の結果、某中国企業に対して当社の製品を販売することにしました。
まずは、試作品を相手方に提供するので、「秘密保持契約書」を当社において作成中ですが、日本本社の役員会で説明しやすくするために、「準拠法は、日本法」としたいです。
また、「紛争解決方法」についても、当社の日本国内での「取引基本契約書のひな型」に基づき、
「甲及び乙は、本契約又は個別契約に関して甲乙間に紛争が生じた場合、大阪地方裁判所を第1審の専属的合意管轄裁判所とすることを合意する。」
とすることを考えています。
なお、もしも「裁判」ではなく、「仲裁」による紛争解決を図る場合は、とあるセミナーで、「香港での仲裁」や、「シンガポールでの仲裁」を勧められたこともあるのですが、そのようにした方がよいのでしょうか?

【ご回答】

残念ながら、そのような「日本国内での取引基本契約書ひな形と同じ条項」は、「日中間での契約書」において使用すべきではありません。そのような条項では、将来に、日本で実際に裁判所の判決を取得したとしても、現在の状況では、「中国での強制執行」が不可能です。
そのため、「日中間での契約書」では、「紛争解決方法」として、「裁判」ではなく、「仲裁」を選択する必要があります。
なお、「仲裁」を選択する場合、「第三国での仲裁とすること」は、有効な手法ですが、代理人費用用のコストを考えると、「高額のコストをかけてでも対応すべき案件」において、そのような取り決めをすべきと考えます。
私は、本件のような事例においては、「準拠法:中国法」、「紛争解決方法:被告地主義仲裁条項」とすることが、最も適切と考えております。
(* 日本の弁護士としては、「準拠法は、日本法を原則とすべきです。」といいたいところですが、お客様にとってのメリット〔=手続をできるだけ、簡略化すること〕を考えると、本件のような事例について、私は、「中国法を準拠法とした方が、将来の中国での民事執行手続を想定すると、手順が節約できます。」と、お答えします。
また、「紛争解決方法」についても、同様の観点から、私は、「第三国での仲裁」ではなく、【サンプル条項】のとおり、「被告地主義仲裁条項」をお勧めします。
私の経験上、「最近は、中国の仲裁機関において、公正・公平な判断が実施されている。」と、お答えできることから、このような条項とすることをお勧めするものです。)
(* なお、準拠法については、特に日中間での売買契約につき、「国際物品売買契約に関する国際連合条約」〔ウィーン売買条約〕の適用があることにご留意ください。
この適用を望まない場合、「当事者は、ウィーン売買契約の適用の排除を合意する。」等と、契約書に明記する必要があります。」)

【サンプル条項:準拠法、紛争解決方法)】

(* 甲:日本企業、乙:中国企業と設定しています。)
「第〇〇条 準拠法
甲及び乙は、本契約及び個別契約の準拠法を中華人民共和国(以下「中国」という)の法律とすることを合意する。」
「第○○条 紛争解決方法
1 本契約及び個別契約に定めのない事項、又は疑義が生じた事項等については,甲乙間で誠意をもって協議し、解決する。
2 前項の協議によっても甲乙間の紛争が解決できない場合、仲裁によって解決する。甲乙は、いずれも単独で仲裁を申し立てることができる。ただし、一方が仲裁を申し立てた場合、他方は、別途に仲裁を申し立てることはできない。
3 乙が仲裁を申し立てる場合は、日本国の一般社団法人日本商事仲裁協 会において、その時点で有効な同協会の仲裁規則に従って日本国大阪市 で、日本語によって行う。甲が仲裁を申し立てる場合は、中国国際経済貿易仲裁委員会上海分会において,その時点で有効な同委員会の仲裁規則に従って中華人民共和国上海市で、中国語によって行う。 」

【サンプル条項:秘密保持】

「第〇〇条(秘密保持)
1 甲及び乙は、本契約又は個別契約を履行する際に知った相手方の技術上、営業上の情報等を秘密として保持し、相手方の事前の書面による承諾を得ることなく、第三者に開示、漏洩等してはならない。また、本契約又は個別契約履行すること以外の目的のために使用してはならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するものを除外する。
① 相手方から開示を受けた際、既に自らが所有していたもの
② 相手方から開示を受けた際、既に公知又は公用であったもの
③ 相手方から開示を受けた後に、自らの責任によらずに公知又は公用となったもの
④ 正当な権限を有する第三者から、機密保持の義務を伴わずに入手したもの
⑤ 相手方から開示を受けた後に、開示された事項と関係なく、独自に開発したもの
2 甲及び乙は、自らの取締役、従業員、委託先等に対し、本条に定める秘密保持義務と同様の義務を負わせなければならない。
3 本条に定める秘密保持義務は、期間満了、解除等のどのような事由によるかを問わず、本契約の終了日から、さらに3年間、引き続き甲及び乙を有効に拘束する。 」

【解説】

1 日中間での「裁判所の確定判決」の不執行

現在の状況ですが、例えば、もしも、ある日本企業が中国の人民法院で「敗訴判決」を受けたと想定すると、「この日本企業が中国に有している財産に対し、中国法に基づいて、差押え等の民事執行を受けること」は、当然のことです。
これに対し、「この日本企業が日本国内で保有している財産についても、この中国での判決に基づいて、日本で民事執行を受けるのか?」、逆に、「日本企業が日本の裁判所で中国企業に対する勝訴判決を得たとしても、この日本での判決に基づいて、中国で民事執行を実施することができるのか?」という問題があります。
これは、日本の民事訴訟法第118条4号が定める「外国裁判所の確定判決を自国で有効とするための、判決の執行についての相互の保証」、及び中国の民事訴訟法第282条が定める「互恵の原則」の適用の問題であるのですが、現在のところ、日本と中国の間では、このような「民事確定判決の執行についての相互の保証」は存在しておらず、これを認めた先例が存在しません。
裁判例としては、「日本での確定判決が中国で承認されなかった事例」として,大連市中級人民法院1994年11月5日判決(国際商事法務25巻3号274頁)があります。
また、これに対し、逆に「中国での確定判決が日本で承認されなかった事例」として,大阪高裁平成15年4月9日判決(判例タイムズ1141号270頁)や、東京高裁平成27年11月25日判決(国際商事法務44巻1号103頁)があります。
この問題に対し、日本又は中国の気骨ある裁判官が、「今後は、相手の国も、我が国の民事判決を承認して、執行してくれるはずである。だから、本件について、相手国の判決を承認し、執行することを認める。」との判決を示してくれれば、以後は、日本・中国のいずれの裁判官も、
「あの事例において、我が国の判決を先に相手国が承認、執行してくれたのだから、今回の事例について、我が国は、『相互の保証、互恵原則』に基づき、相手国の判決を承認、執行すべきである。」
と判断し、これで定着するはずです。
もっとも、残念ながら、現在の制度上、そのように気骨ある判決を得ることは、日本・中国のいずれの裁判所・人民法院においても、なかなかに難しいと思われ、また、「日中間で、この問題につき、正式に条約を締結して解決する」旨の活動も、現時点では見受けられません。
そのため、日本と中国の間では、「判決については、相互の不承認、不執行が恒常化している。」という、非常に残念な結論になっています。
(* 古い判決ですが、東京地裁昭和35年7月20日判決は、ベルギーについて、「相互の保証」を否認しています。もっとも、最近は、「相手国が先に自国の判決の承認、執行を否定したような場合を除き、先進国間では、『相互の保証』を肯定してよい。」と、緩やかに考えるのが実務の主流といえます。)
(* もっとも、離婚事件については、例外的に日中間でも判決の相互承認があります。
根拠は、中国の「人民法院が外国法院の離婚判決の申請承認を受理することに関する問題についての規定」〔最高人民法院2000年2月29日公布、法釈[2000]6号〕等です。)

2 日中間での紛争解決の合意は、「仲裁条項」を原則とすべきであること

これに対し、「裁判」ではなく、「仲裁」であれば,1958年に採択された「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(いわゆる「ニューヨーク仲裁条約」)があり、「条約加盟国でなされた仲裁判断」は、原則として、「他の加盟国でも承認し、執行すること」になっています。
現在、中国、日本のいずれも同条約に加盟しており、現に「中国での仲裁判断が日本で承認、執行された事例」や、「外国での仲裁判断が、中国で承認、執行された事例」が多数、存在します。
したがって、【設例】についても、例えば、「仲裁は、日本国の一般社団法人日本商事仲裁協会で行う。」と合意することも可能であり、有効です。

(*「仲裁」とは、「民事上の紛争について、その解決を1人以上の仲裁人の判断に委ねること」をいいます〔日本の仲裁法第2条1項参照〕。「裁判」と類似の手続ですが、裁判は、専門の「裁判官」による、より厳格な手続です。
例えば、「仲裁は、非公開であること」、「仲裁は、上訴審がなく、1審のみでの解決が原則であること」が、仲裁と裁判との大きな違いです。)

3 「仲裁」は相手方の国で実施した方が、「外国仲裁の承認、執行の手続」を省略できること

もっとも、仮に【設例】において、「日本での仲裁」を合意し、その後、当事者間で紛争が発生して、日本での仲裁の結果、日本企業側の請求が認容されたとしても、この仲裁裁決に基づいて中国で民事執行をするには、「外国仲裁の承認、執行の手続」が必要であり、「中国内での仲裁裁決に基づく民事執行」と比べて、手順が追加されることになります。
したがって、仲裁については、あえて「相手方の国(中国)での仲裁」を選択することで、「外国仲裁の承認、執行の手続」を省略することが可能であり、私は、これまでの経験上、中国の仲裁手続につき、「十分に信頼できる。」と判断しておりますので、現在の状況からは、「日本での仲裁」や、「香港、シンガポール等の第三国での仲裁」にこだわる必要性はない、と考えています。

4 「被告地主義仲裁条項」

以上を踏まえて、実際に私が多用しているのは、【サンプル条項】に記載した、いわゆる「被告地主義仲裁条項」です。
これは、つまりは、「相手方に対して何らかの請求をしたいと考えている当事者が、相手方の国において、現地の仲裁機関に、仲裁を申し立てる。」というものであり、「被告地=相手方の住所地に管轄権を持つ仲裁機構」が仲裁機関となります。
実務上の観点からすると、国際契約の場合、各当事者の立場からして、「相手方の国での仲裁は、実際のところ嫌だな・・・。」と考えるのが実情です。
もっとも、私の経験上、通常の当事者の立場で、最も避けたいことは、「相手方の国で、一方的に仲裁を申し立てられて、高額の請求を受けること」であると思われます。
これに対し、このような「被告地主義条項」にしておけば、「こちらから何らかの請求をする場合は、相手方の国で仲裁を申し立てなければならない。」となりますが、「相手方が、こちらに対して何らかの請求をする場合は、相手方において、こちら(=日本)で仲裁を申し立てなければならない。」という制約をかけることができます。

(* このような仲裁条項については、「こちらから相手方の国で仲裁を申し立てたにもかかわらず、相手方において、同時にこちらの国での仲裁を申し立てることができてしまうのではないか?」との批判がありました。
そのため、私は、【サンプル条項】のとおり、「一方が仲裁を申し立てた場合、他方は、別途に仲裁を申し立てることはできない。」と定めるようにしています。)

5 【設例】の検討

【設例】の事案で問題となっているのは「秘密保持契約書」であり、具体的な適用対象は、「当方(日本企業)から、相手方(中国企業)への試作品提供」であることからすると、「特に、当該試作品の製造方法等の知的財産権についての秘密保持」が重要といえます。
すなわち、本契約において、主に秘密保持義務を負うのは、相手方です。
それであれば、「適用法」や「紛争解決方法」については、「相手方が違約した場合に、最も素早い法的対応ができるのは、どこの国の法律、どのような紛争解決方法か?」という基準でもって判断すべきです。
そして、私は、この事案であれば、「適用法は中国法」、「紛争解決方法は、CIETAC上海での仲裁」(又は「中国の特定の人民法院」)とすることが、最も適切と考えます。
なぜならば、この事案であれば、「紛争発生する可能性が高い、「秘密情報受領側」が存在する国(=相手方国)の法律、当該国を管轄する紛争解決機関を利用することが、最も迅速・簡便に法的手続を実施できる。」といえるからです。

(* もっとも、このような判断をするためには、相手方国の法制度、紛争解決機関等を十分に信頼できることが、大前提として必要です。)
(* このような仲裁合意をした場合で、「相手方に対し、中国で仲裁を提起する必要性が発生した場合」は、私から、中国の弁護士(律師)をご紹介した上で、連携し、共同で対応いたします。
また、もしも「相手方が、日本で仲裁を提起してきた場合」は、同じく、私において対応させていただきます。)

なお、「シンガポールや、香港での仲裁」は、「第三国で、専門性、公平性についての高度の信頼性がある仲裁機関での仲裁」という意味で、優位性があるといえるのですが、これによって全ての問題が解決できるわけではないことにご留意ください。
すなわち、これらの地域は、「仲裁機関の専門性、公平性」については高度の信頼性があるものの、前述のとおり、「最終的に、相手方所在国において、外国仲裁の承認、執行手続きが必要」という手順が発生します。
また、例えば、「仲裁手続中の民事保全をどのようにして実施するか?」という問題があります。
さらに、そもそも、例えば、「紛争解決地:シンガポールでの仲裁」、「準拠法:日本法」、「使用言語:英語」と合意した場合、「仲裁員に対し、日本法について、英語で説明する手順」等が余分に必要となり、弁護士費用、仲裁費用が増化することになります。
したがって、【設例】については、基本的に、「案件の規模、特徴」、「相手方との関係」等の諸事情を考慮した上で、適切な「仲裁合意」を提案、選択すべきであるところ、私は、この事案については、以上のとおりとすることをご提案いたします。

弊所は、一般法務(相続、離婚、債務整理、交通事故等)だけではなく、20年間以上の大阪、東京、中国(北京、上海等)での経験に基づき、「中国法」、「企業法務」を専門とする弁護士(加藤文人)が対応します。

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